
今まで本当にどうもありがとうございました。
精神的、肉体的にいろいろありましたが、先生に助けて頂いたお陰で
子供も10ヵ月もち、11月8日3,295 g で無事女の子を出産することができました。
名前は「H」と名付け、とても元気で夜も良く寝てくれ、出産間近の時には
出なかった母乳も出ています。
主人は相変わらずなのですが、以前ほど私自身の心の苦しみは少なくなった
ように思います。
本当に正しい生き方をするという事は とてつもなく大変なことです。
しかし、心のどこかに常にその気持ちを忘れずに
ほんの・・・ほんの・・・ほんの少しづつでも行ってゆきたいと思います。
正しい生き方を教えて下さって
本当にどうもありがとうございました。
暖かくなり、子供が少し大きくなりましたら、またお伺いしたいと思いますので
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
不妊症治療 女性
奥野先生、ご無沙汰しております。このたびのお礼も大変遅くなり、まことに
申し訳なく思っております。娘も無事1才を迎え、ますます感情表現も豊かになり、
こちらの言うこともだいぶ理解するようになりました。「できる」ことも多くなり、
子供の成長の早さにビックリする今日この頃です。
しかし、その成長に伴い、イライラ、キリキリすることも多くなります。いけないとは
思いつつ、たびたびヒステリックな状態に陥ってしまう未熟な母・・・寝顔を見ては
「この娘を授かり、健康でいてくれるだけでありがたいことなのに・・・」と反省する
日々です。
私たち夫婦が結婚したのは私が30歳になる直前でした。
すぐにでも子供を考えていい年齢でしたが、当初はわりとのん気にかまえていて、
友達にも「すぐにできそうな感じだよね」などといわれており、また自分も、
そうだろうと何の根拠もないまま楽観視していたのでした。
ところがいざとなるとなかなか授からないものです。どうしてだろうと思いながら
時がたち、年齢も気になり始めていた私は、そこで始めて産婦人科の門をくぐったの
でした。夫婦共に不妊症の検査をしましたが、私のほうは特に不妊症の問題はなく
主人のほうの精子の運動率が若干ではあるが低いとのことで週一度のホルモン
注射を半年程度打つことを勧められました。
主人は抵抗があった様ですぐには承知してくれませんでしたが不妊症克服のためにと
数日後快く承諾してくれ、それから半年間、週に一度休まず注射を打ちに行って
くれました。
両腕は注射の跡で痛々しいほどで、今思い返してみても主人には感謝の気持ちで
いっぱいです。
半年の通院後の検査で「後はタイミングさえ合えば大丈夫」と言われ、その後も
通院を支持されたのですが、実はそれまでの経緯でその病院が自分には合わない
感じを持っていた私はそこで通院をやめてしまいました。
それがいけなかったのかどうか、その後半年近くたっても妊娠の気配はありません
でした。
その頃たまたま友人が奥野治療院のことを話しているのを聞いてようやく先生の
ところへ行こうと思い立ちました。
奥野治療院には、私の母が数年前からお世話になっております。母から先生の
評判はずっと聞いており、ならもっと早くに伺っておれば…とも思うのですが、
私も実家から幾分離れた場所に住んでいて、また「そのうち授かるのでは…
と思っていたこともあり、なかなか現実的には考えられずにいたのです。
先生は私を診察されて開口一番「体全体が冷えているね」とおっしゃいました。
確かに私は冷え症です。冬場は手先・足先が特に冷えるので遠赤外線のタイツ
やらスパッツをはいていたりして対処はしていました。
食生活でも根菜などそれなりに取っていたつもりです。けれどそのくらいでは
補えてはいなかったのでしょう。加えて、その頃の職場が金融機関ということもあり、
冬はもちろん夏もエアコンで非常に冷えるのです。
靴下等でいくらかでも防げればいいのですが、制服規制でストッキングにパンプスと
決まっており、それもままなりません。年齢もそろそろ30代中盤にさしかかろうとして
いた私は考えた末に仕事をやめることに決めました。
パートとはいえ人手不足のこともあり、言い出しにくい状況でしたが、次の更新時まで
ということで何とかお願いしました。
その時点で先生の治療は3回受けていましたが、正直な所「不妊症の治療をもう
少しお願いしなくちゃだろうな」と思っていました。ところが辞意を伝えてしばらくして、
なんと妊娠が判明したのです!! 本当にビックリしました。
実際「今回もダメだな…」と思わせる鈍痛を感じていましたから…。
そのまま冬になり先生の治療がお休みに入ったので春になったらまた伺おうと
思っていましたら、切迫流産ということで一週間入院をし、その後は安静生活
(それほど重度ではないのですが、長時間の運転等を控えていたので)になり
すっかりご無沙汰してしまいました。
けれどおかげさまで出産は年齢の割にはとても安産でした。子供は最初から
看護婦さんもビックリされるほど、ミルクの飲みがよく、離乳食が始まって以降も
本当によく食べるのでその辺の心配はまったくありません。
9月半ばには歩き出し、今ではバタバタと走るような足音です。本当に丈夫な
子を授かり感謝しております。
この気持ちを忘れず、あまりガミガミ怒らないようにしてなくてはいけませんね。
(苦笑い)
子供をつれてまた伺いたいと思っております。
寒さ激しき折、先生もお忙しいこととは思いますが、どうぞお体ご自愛下さいませ。
このたびは本当にありがとうございました。
不妊症治療 主婦
「オギャー、オギャー」と元気な産声・・・
無事に生まれて良かった!
全身の力が抜けていく中で私は、分娩に立ち合って下さった先生方に何度も
何度もお礼を言いました。
しばらくして、看護婦さんが子どもを抱いて私のベットの所まで連れて来てくれま
した。この子が今まで自分のお腹にいた子ども。
なんて小さくて可愛いんだろう。子どももしっかり目を開けて。
“この人が私のお母さん”というような顔で私を見ている。
私はこれから色々なことがあるだろう。
でも母親としてしっかりしなければ・・・
頑張らなくては・・・と思いました。
そして、今日の最良の日を迎えられたのも、奥野先生や色々な人達のお陰と
大変感謝しております。
思い返せば学生時代から婦人科へ通院しておりました。
まだ結婚はしておりませんし、辛い思いがありました。
あらゆる病院を転々としましたが、一向に良くなる気配もありません。
半ば結婚も諦めた時もありましたが、縁あって結婚することができたので
やはり子どもがほしい・・・
不妊症治療で一生懸命病院にも通いました。子宝に恵まれるということは、
あらゆることもやってみました。先生にも
「かなり難しいですね。妊娠しても流産早産の危険が高いので入院が必要。
年齢的な事もあるし帝王切開になるでしょう」
と言われていました。
ある日友人から奥野治療院の話を聞きました。
不妊症治療のために早速行ってみると、先生が優しい眼差しで
「子どもは必ずできるよう、一緒に頑張りましょう」
と言って下さり、2〜3週間通った時に先生が
「あなたが子どもを抱いている姿が想像できる」
と言われ、なんだか私もいつかできるのではないかという気持ちになりました。
そしたらどうでしょう。
すぐ妊娠したのです。
驚くやら、ビックリするやら、先生の所に数回しか通わなかったのに
先生へ喜びの報告ができ本当によかった。
そして切迫流産と切迫早産で3回入院しましたが、帝王切開と言われていたのにも
かかわらず、吸引分娩にはなったものの自然分娩で産むととができました。
これも先生のお陰だと思います。
今、子育てにおわれる毎日ですが、充実した日々を送っています。
本当にありがとうございました。
主婦 不妊症治療
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